Ⅰ.座禅について
 ⅰ.なぜ座禅をするのか
   (手段としての座禅)
 ⅱ.座禅の作法(組み方)
 ⅲ.座禅
   (こころを落ち着かせ、
   ゆとりを生む方法)
 
Ⅱ.考え方について
     (本質の探し方)
 ⅰ.直観的な捉え方
 ⅱ.宗教的な考え方
 ⅲ.学問的な考え方

 

Ⅲ.まなぶということ

     (学習法について,

       座禅を基礎に)

 ⅰ.自力で考えるために

   ⅱ.ゼロから考え元める

         (奥底への到達)

   ⅲ.鼓動との対話

 ⅳ.身体との対話

     (身体を充実化する)

   ⅴ.まわりを感受する力

     (禅的感性について)

   ⅵ.自分という存在とその地平

 ⅶ.自分らしく

Ⅱ-ⅱ.宗教的な考え方

 禅の世界から考えれば、どの宗教も一枚岩と考えられます。それは、どの宗教も教え、律法(戒律)があり、

それに従っていればよみ(黄泉)の世界で幸せ になれる(救済される)、というものであると思います。また、

どの宗教も、こころ静かに瞑想し、こころの奥底を見つめより本質を見抜こうとする姿勢は変わ らないと思います。しかし、本質として考えられる神は、各宗教で違いを見せています。そこが、悲しい出来事を生むところなのですが、本来的に、本質を見抜 こうとする姿勢自体は、どの宗教も変わりないのだと思います。そして、その本質的な見方をできるようになり、生活を律して過ごすことで恵みが得られるのだ と思います。この肯定的循環が、人々に宗教的生活をおくることに充実感を生むことになっているのだと思います。
信仰とは、尊いものだと思います。周囲のものを投げうって帰依するこころは、なににも変えられないものなのだと思います。これはどの宗教の信者にも言えるのではないでしょうか。信者は、同じ信仰者なのですから、わかり合えると願っています。